題名をつけるかもしれない随想
道を外れることで見つかる 新しい視点
店主ふたりのシーソーエッセイ
ぎっこんばったん
もうひとりが地面を蹴ったら次の文章に入れ替わります
・
・
先日の帰省で甥っ子と姪っ子たちにやっと対面することができた。私のことを甥っ子姪っ子たちにどう呼んでもらおうか悩んでいたが、結局単純に下の名前で呼んでもらうことにした。「まゆちゃん」と名前を教えてみるも、よくよく考えると「ま」も「ゆ」もどちらも小さな子どもにとっては発音がむずかしそう。そんな中、甥っ子が半々の確率で「まゆちゃん」を「みまちゃん」と言い間違える。「ちゃうちゃう、まゆちゃんやでー」と大人たちは訂正する。そんなやりとりが何度か繰り返された。間違いを正すのはよくあること。でも子どもから出てくる純真なことばを正してしまうのはもったいないという感覚が芽生えてきた。みまちゃん、いい名前じゃないの…。
その時ひらめいた。
「そうだ!短歌の雅号にしよう!」
「雅号(がごう)」とは画家・文筆家などが、本名の他につける風流な別名のこと。(岩波国語辞典より)つまりはペンネームだ。短歌は好きで興味があるけど単に自己流でやってるだけ。文人でも墨客でもなんでもないただの人だけれど、雅号があるだけでがぜん本気度が増す気がする。なんとも単純である。こんな単純なことでも短歌を作りつづけるきっかけが少しでも湧いてくるような気がしてきた。
甥っ子が名付け親、この思い出が雅号の中にこれからもずっと残る。良い間違いになったよね。
まちがいのなかにもひかるものがある純なことばを大事に掬う 三麻
2026.7.8. up
Text : Igarashi Mayu
