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『夜明けと音楽』 イ・ジェニ / 橋本智保 訳
¥2,200
SOLD OUT
(出版社紹介文を引用) 「結局のところ物を書くというのは、よく知っている単語の中に、自分の悲しみを見つけること」 なくなったものの痕跡をたどり、孤独とともに創作する詩人イ・ジェニが綴るエッセイ集。 夜の闇に流れる、長く静かな時間に立ち上がる静謐な26編。 ある夜明けには涙のようにあふれる音楽について語り、またある夜明けには悲しみに満ちたプレイリストを思い出しながら詩を読む。 旅先で遭った不慮の事故、長いあいだ不眠症に悩まされたこと、ロックバンドで音楽に心酔していた二十代の頃のこと。 孤独とともに創作する詩人が、母の最期に立ち会い、イヨネスコやボードレールなど文人たちの足跡をたどり生まれた、詩と散文の境界を行き来するような言葉の記録。 ロングセラーエッセイ『詩と散策』(ハン・ジョンウォン)と並ぶ、“言葉の流れ”シリーズの代表作。 『夜明けと音楽』は、時間の流れという出版社の「言葉の流れ」シリーズ全十巻の十巻目にあたり、本書はその全訳です。しりとりをするように前の著者が次の著者に言葉をバトンタッチをする形を取っており、四冊目の『詩と散策』(ハン・ジョンウォン、拙訳 二〇二三年 書肆侃侃房)から『散策と恋愛』へ、『恋愛と酒』から『酒と冗談』へ、『冗談と影』から『影と夜明け』へ、そして最後を詩人イ・ジェニの『夜明けと音楽』が飾ります。(訳者あとがき) 【著者プロフィール】 イ・ジェニ 이제니 1972年生まれ。2008年、京郷新聞新春文芸によりデビュー。詩集『たぶんアフリカ』『なぜなら、私たちは自分を知らなくて』『流れるように書いたものたち』『ありもしない文章は美しく』を発表。片雲文学賞優秀賞、金炫文学牌、現代文学賞を受賞。 言葉によって世界の細部を書き、消し、再び書くことをとおして、既知の世界と少しは違う世界、少しは広く深い世界にたどり着くことを願っている。 【訳者プロフィール】 橋本智保(はしもと・ちほ) 1972年生まれ。東京外国語大学朝鮮語科を経て、ソウル大学国語国文学科修士課程修了。 訳書に、キム・ヨンス『夜は歌う』『ぼくは幽霊作家です』『七年の最後』(共に新泉社)、李炳注『関釜連絡船』(藤原書店)、朴婉緒『あの山は、本当にそこにあったのだろうか』(かんよう出版)、ウン・ヒギョン『鳥のおくりもの』(段々社)、クォン・ヨソン『レモン』(河出書房新社)『春の宵』(書肆侃侃房)、チェ・ウンミ『第九の波』(書肆侃侃房)、ハン・ジョンウォン『詩と散策』(書肆侃侃房)、チョン・ジア『父の革命日誌』(河出書房新社)など多数。 ・ 著者:イ・ジェニ 訳:橋本智保 装幀:成原亜美(成原デザイン事務所) 装画:Karolina Skórka 初版:2025年11月 四六変形並製、240ページ
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『詩と散策』 ハン・ジョンウォン / 橋本智保 訳
¥1,760
SOLD OUT
(出版社紹介文を引用) 散歩を愛し、猫と一緒に暮らす詩人ハン・ジョンウォンが綴るエッセイ 雪の降る日や澄んだ明け方に、ひとり静かに読みたい珠玉の25編 オクタビオ・パス、フェルナンド・ペソア、ローベルト・ヴァルザー、シモーヌ・ヴェイユ、パウル・ツェラン、エミリー・ディキンソン、ライナー・マリア・リルケ、シルヴィア・プラス、金子みすゞ、ボルヘス…… 『詩と散策』は、著者のハン・ジョンウォンがひとり詩を読み、ひとり散歩にでかけ、日々の生活の中で感じたことを記している、澄みきった水晶のようなエッセイ集だ。読者は、彼女の愛した詩人たちとともに、彼女が時折口ずさむ詩とともに、ゆっくりと散歩に出かける。 【本文中に出てくる詩人や作家たち】 オクタビオ・パス/フェルナンド・ペソア/ウォレス・スティーヴンズ/アーチボルト・マクリーシュ/ローベルト・ヴァルザー/シモーヌ・ヴェイユ/パウル・ツェラン/セサル・バジェホ/ガブリエラ・ミストラル/ヘンリー・デイヴィッド・ソロー/カミュ/源信明/ウラフ・H・ハウゲ/エミリー・ディキンソン/アンナ・アフマートヴァ/ライナー・マリア・リルケ/フォルーグ・ファッロフザード/シルヴィア・プラス/チェ・ヨンミ/金子みすゞ/ジョージ・ゴードン・バイロン/ボルヘス 目次 宇宙よりもっと大きな 寒い季節の始まりを信じてみよう 散歩が詩になるとき 幸福を信じますか? 11月のフーガ 悲しみ、咳をする存在 果物がまるいのは 夏に似た愛 心のかぎりを尽くして来たから 永遠のなかの一日 海から海のあいだに なにも知りません よく歩き、よく転びます 国境を越えること みんなきれいなのに、わたしだけカンガルー ひと晩のうちにも冬はやってくる 夢とおなじ材料でできている 夕暮れただけ 窓が一つあれば十分 灰色の力 真実はゆっくりとまぶしくなければ 猫は花の中に いくつかの丘と、一点の雲 今日はわたしに、明日はあなたに 彼女の歩く姿は美しい(送らない手紙) 日本の読者のみなさんへ 訳者あとがき 著者プロフィール ハン・ジョンウォン (ハンジョンウォン) (著/文) 大学で詩と映画を学んだ。 修道者としての人生を歩みたかったが叶わず、今は老いた猫と静かに暮らしている。 エッセイ集『詩と散策』と詩集『愛する少年が氷の下で暮らしているから』(近刊)を書き、いくつかの絵本と詩集を翻訳した。 橋本智保 (ハシモトチホ) (翻訳) 1972年生まれ。東京外国語大学朝鮮語科を経て、ソウル大学国語国文学科修士課程修了。 訳書に、キム・ヨンス『夜は歌う』『ぼくは幽霊作家です』(新泉社)、チョン・イヒョン『きみは知らない』(同)、ソン・ホンギュ『イスラーム精肉店』(同)、ウン・ヒギョン『鳥のおくりもの』(段々社)、クォン・ヨソン『レモン』(河出書房新社)『春の宵』(書肆侃侃房)、チェ・ウンミ『第九の波』(同)ユン・ソンヒほか『私のおばあちゃんへ』(同)など多数。 ・ 著者:ハン・ジョンウォン 訳:橋本智保 装幀:成原亜美(成原デザイン事務所) 装画:日下明 初版:2023年2月 四六変形並製 / 152ページ
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『珈琲夜船』 菅原敏
¥2,200
皿にこぼれ落ちた黒を飲み干せ 祈るよりも歌え その波に飲み込まれ 深い底に沈む前に 菅原敏、待望の第4作は珈琲を片手に、見知らぬ夜の旅に出る“小舟”としての詩集。 コーヒーの葉を思わせるグリーンの装丁をひらき、頁をめくれば、漆黒の海を一艘の船が漕ぎ出し、どこか懐かしい情景が浮かぶ。詩集には、2019年にフランスのナダール賞を受賞した写真家・かじおかみほによる、遠い記憶の断片のような白黒写真が挟み込まれる。《タンザニア》《コロンビア》などの珈琲豆の産地を冠した詩、スターバックスWEB連載「A Cup of Poem」からの詩ほか、全31編を収録。あとがきには文芸誌『群像』にて発表されたエッセイに加筆修正した「珊瑚と珈琲」を掲載。 (以上、版元紹介を引用) 著者:菅原敏 発行:雷鳥社 初版:2024年11月 仕様:上製、B6変形、100P
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『山の音符』 深山けもの
¥1,500
岩手を拠点に猟師・鹿骨細工のつくり手として活動する〈けもの舎〉深山けものさんによるエッセイ。 山でのこと、暮らしのことを文と写真とでスケッチのように綴った一冊です。 人も自然のうち。 厳しいものと畏怖ばかりするものでもなく、豊かなものだと都合よく消費してしまうものでもなく、ましてや管理のようなことができるわけでもなく、一種の対等のような関係であるように思っています。 秋田を拠点にする絵画作家・永沢碧衣さんの展示を昨年観た際に、少しだけ輪郭を持って感じられた気がしたことです。 (分野は違いますが、永沢さんも深山さん同様、山での猟と作品づくりを両輪のようにされる作家さんです。) 『山の音符』を読んだあとにも、やはり同じような感想を思いました。 人は人の都合(糧だったり、身を守るためだったり)で動物たちを狩りますし、可愛いもの、役に立つものとして接することもあります。 「襲う / 襲われる」と私たちは言いますが、動物たちにも対等な「都合」はあると思います。 本の中で深山さんは「二本足のけもの」と自分のことを呼んでいますが、とてもしっくり腑に落ちる表現だなと思いました。 人も、動物たちも、あるいは木々や草花も、ひとつひとつ同等なピースとして組み合わさったものが「自然」であり「世界」なのかなと感じました。 自分はちょっとマジメ?な読み方をしてしまったかもしれませんが、山を身近に暮らす人の感じること、思うこと、目にする景色のスケッチ帳をめくるように、朗らかに読めるエッセイでもあると思います。 自然が身近な秋田の人にも、重ねながら読めることが多い一冊ではないでしょうか。 (もちろん、それこそ等しく、どこに住む人にも届いてほしいものでもあります。) 冒頭の章に、印象的であり、象徴的な文がありました。 「私の足跡も山の音符となり、けもの道の旋律と重なり絡み合い、それぞれのラインで独立し共鳴し、誰にも知られぬ音楽として響き合い、その余韻すら雪に消されていく。」 (「山の音符」の章から引用) そしてこれは私の個人アカウントで永沢碧衣さんの展示を見た後の感想として書いたものを。(僭越) 「人の街も自然のうちというのは拡大解釈しすぎなのかもしれないけれど、それでも人の暮らしと、「自然」と人が呼ぶものとは、二つのものとして分けて、対比して話すようなことではなく、関わりあうものごととして捉えたらよいように思った。」 あなたは、自然、世界という景色をどう眺めますか? ・ 著者:深山けもの 発行:けもの舎 初版:2025年月 仕様:105mm × 150mm / 並製本 / 60ページ
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『通知センター』 のもとしゅうへい
¥1,650
(出版社紹介文を引用) 身を守るほど簡単なことはないよと 下着のなかのインターネットが言う (「通知センター」) いま、目と耳をひらき、確かめ、移動することをふたたび覚え直すかのように。直感と論理のあいだを水や光のようにやわらかく行き来する言葉の新鮮な選択と接続。そして自由。ここでは見慣れたはずの日常は、まだ呼び名を持たない真新しい街へと変わる。そのかけがえのない瞬間に届く、詩という未知からの通知とともに。 ――峯澤典子 日々の暮らしと、いくつかの街。記憶と身体はしずかに移動をつづけ、あらたな叙景に物語がやどる。待望の第1詩集。装画=まちだリな、装幀=戸塚泰雄 ・ 著者:のもとしゅうへい 装幀:戸塚泰雄 装画:まちだリな 初版:2024年8月 四六判並製 / 112ページ
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石原弦詩集 『聲』
¥2,585
・ 庭文庫を運営するふたりではじめて出版社「あさやけ出版」からはじめてだす本です。(詩集『聲』と詩集『石』同時発行) 飄々として しずかで 土の匂いがする 20年間豚を育てながら 静かに毎日を見つめてきた男の はじめての詩集 本文ページがはじまる前に、一枚手透きの美濃和紙を使用し、透明感のある本になっています。 今まで弦さんが30年あまり書き溜めてきた詩たちです (※出版社様紹介文より引用) ・ 著者:石原弦 造本:新島龍彦 出版社:あさやけ出版 初版:2020年10月 165mm×185mm / 丸背上製糸かがり製本 扉に美濃手漉き和紙を使用 / 168ページ
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『坂巻弓華 寓話集』 坂巻弓華
¥2,420
・ 目から毛が生える呪いにかかった男の子のお話、にんじん5本を売るうさぎのお話、ラムネパンを売るお父さんねことこどもねこのお話……などなど、お話しと挿絵ともに画家・坂巻弓華さんの手による、不思議で、ナンセンスで、じわりと味わい深く、すとんとした読後感のある8篇が収められています。 装丁も佇まいよく、本棚に収めて背表紙をみせても、ベッドサイドやソファーに無造作に置いておいても、よい景色になってくれそうな一冊です。 ・ 著者:坂巻弓華 発行:BOOKNERD 初版:2024年2月 四六判 / 148ページ
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『家の顛末』 石田諒
¥2,640
(出版社紹介文を引用) 第1詩集 茎と葉と わずかに華奢な花 かたわらに女ふたりの立ち姿 ひそひそ話の声がする (「喉のつかえ」) たしかに見える、草むらのたくらみ、畳のおもねり。 たしかに伝わる、こぶしくらいのかたいくやしさ。 詩のねばりづよい息継ぎが、生の足場を大きく広げる。 ――杉本真維子 父の失踪、母の急死、私は22歳で世帯主になった――。人生の起伏あるドラマの先に差し出される新詩集。装幀=二月空 ・ 著者:石田諒 装幀:二月空 初版:2024年9月 四六判上製 / 96ページ
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『翼ある日々へ』 孤伏澤つたゐ
¥2,200
祝福、言祝ぐ――「人間に見つめられること」は、鳥たちにとって本来有益に働くことのない出来事だ。 ミソサザイ、ハシブトガラ、ナベヅル、……冬になれば飛来するカモたち。旅をして/あるいは旅をせずに鳥を探した日々について。 鳥たちと生息地を同じくする人間として「見ること」の功罪を問うネイチャーフォトライティングエッセイ集。 収録エッセイ ミソサザイのクソデカボイス メスのいない世界 あるいはバードウォッチングにおける存在の消去 鳥たちのおくりもの 翼ある日々へ リソグラフ印刷による写真を多数収録。 誌面デザイン・装丁は日々詩意匠室室長岩崎美空 (以上、版元紹介を引用) ・ 著者:孤伏澤つたゐ 発行:日々詩編集室 初版:2025年3月 仕様:A5版/リソグラフ印刷/104ページ




